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Home > READ > アドバンス・インタビュー > 第2回:野田 浩幸 ミッションマネージャ
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Advanced Interviewアドバンス・インタビュー

2011-9-11 00:00第2回:野田 浩幸 ミッションマネージャ

ユーザを見据えた開発を

 
 
みちびきの打ち上げから1周年を記念して、準天頂衛星の新たな顔となった野田浩幸ミッションマネージャにお話しを伺いました。

第2回ADインタビュー JAXA 野田 浩幸 準天頂ミッションマネージャ

――宇宙に興味をもったのはいつ頃ですか。

野田:小学生の頃から友達と天体の話をしていて、夏祭りに行っても夜空を見上げているような天文少年でした。高校では化学部に入部したのですが、実際には新しくできた天文部に入り浸りでしたね(笑)。高校2年の時に天体望遠鏡を買ってもらい、実家の屋上で友人と彗星やカノープスなんかを観ていました。初めて土星の輪を観た時の感動は今でも覚えています。
――かわいい天文少年かと思いきや、小学生の頃から「ベテルギウスは脈動変光星だから…」なんて難しい話をしていたのだとか。

――そんな野田さんの一番印象に残っているのエピソードは?

野田:大学生の時、高校の恩師が作った私設の天文台に時々遊びに行っていました。本当に真っ暗なところで、今のところ一生に一度だけ、かみのけ座(※1)の全容を視認することができたのです。就職後もバイクで離島まで行って星を観たりしていますが、この時の星空が一番感動しましたね。

※1 かみのけ座:4等星以下の暗い星の群れからなる小星座。春のダイヤモンドに囲まれているのでぜひ探してみてください。

――本当に宇宙がお好きだったんですね。お仕事として宇宙開発に係わることになった経緯を教えてください。

野田:大学では電子工学を専攻していましたが、大好きな宇宙開発に携わる仕事がしたいという思いはずっと持っていました。しかしどうすればそのような仕事ができるか分からず、大学生の頃に愛読していた雑誌『sky watcher』の編集部に問い合わせたんです。そこでNASDA(現JAXA)の連絡先を教えてもらい、募集要項を手に入れて、、、今に至ります。今考えるともっと簡単な確認方法があったと思いますね(笑)

第2回ADインタビュー 技術試験衛星「きく8号」(ETS-VIII)

――入社前からその抜群の行動力の片鱗がみられますね。入社直後はどのようなお仕事をされていたんですか。

野田:最初の配属先は機器部品開発部(現 研究開発本部)でした。ETS-Ⅶ(技術試験衛星「きく7号」)ランデブーレーダ(※2)用のレーザーダイオードの研究に携わり、入社3年目で“自分が作ったものが宇宙に打ち上げられる”という貴重な体験をすることができました。
その後、 ETS-Ⅷ(技術試験衛星「きく8号」)プロジェクトに異動となり、測位の分野に足を踏み入れることになりました。測位に関して素人であったため、最初は図書館に通いつめてひたすらに勉強しましたね。

※2 ランデブーレーダ:他の衛星までの距離と方向を測るレーダ。レーザーを放射し、ターゲット衛星のリフレクタ(鏡)による反射光を検出する。

――その後ETS-Ⅷに12年も係わってこられた野田さん。準天頂衛星プロジェクトへの配属が決まった時はどうでしたか?また、プロジェクトではミッションマネージャとしてどのようなお仕事をされていましたか?

野田:ETS-Ⅷで長年測位システムを開発していたので、実験までやりたいなと思いました。しかし、準天頂衛星は開発の向こうにユーザのいる“実用機”を前提としている点が非常に興味深かったので、「やりがいはあるな」と感じていました。準天頂衛星プロジェクトでは、測位ミッションに関する技術検討やコンポーネントの製造・試験の管理など様々な業務を行っていました。複数の測位信号を合成してトータル数百Wになるような信号の合波器の作りこみには特に苦労したのを覚えています。プロジェクトの終盤にミッションマネージャになってからは、測位信号のアラートフラグ(※3)を降ろすことに全力を注ぎました。結果、実験開始後半年でリアルタイムでのGPS補完精度目標を達成し、2011年6月にアラートフラグを降ろすことができました。実用衛星に向けた第一歩を踏み出したということで、ミッションマネージャとしてはこの時が一番嬉しかったですね。
アラートフラグを降ろした当日に関係者全員で打ち上げをしたのですが、現場の担当者が“この仕事が楽しくて仕方がない”と言った言葉が今でも忘れられません。

※3 アラートフラグ:信号の品質の状態を表しており、アラートフラグが立っている衛星の信号は、受信機において測位の計算に使用しない。準天頂衛星においても、打ち上げ以後、信号の品質や信頼性が確認できるまではアラートフラグが立てられていた。

――準天頂衛星プロジェクトの印象を聞かせてください。

野田:異動した当時はプロジェクトマネージャは40代前半、プロジェクトメンバーの大半が30代で非常に若いプロジェクトという印象を持ちました。人数は最大でも20名くらいで非常に忙しかったですが、壁にぶつかっても若さという勢いで壁をぶち壊していたイメージがあります。審査会の前など、時には冗談を言い合いながら日付が変わる頃まで議論する活気のあふれたプロジェクトであったと思います。プロジェクトマネージャは大変だったと思いますけど(笑)

――幅広いお仕事をされ多忙だったプロジェクト時代。当時の趣味はお菓子作りなんていう意外な一面も見せてくださいました。

第2回ADインタビュー 打ち上げ日の管制室 第2回ADインタビュー オフィス
打ち上げ日の管制室 オフィス

――打ち上げが成功してから一年を迎えましたが、それ以後はどのようなお仕事に取り組んでいるのですか。

野田:現在においても衛星の軌道・時刻推定精度の改善のために実験と解析を進めています。
目標はIGS(※4)の精度に近づくことです。IGSはこれまで蓄積されてきた多くのデータと世界中に多数の地上局(約250局)を持っているため、非常に高い精度で軌道・時刻を推定する技術を持っています。そこでJAXAでも、現在マルチGNSS(※5)実証実験キャンペーンにおいて国際的に地上局を募集し、より多くの地点でデータを収集する計画を進めています。
準天頂衛星の軌道・時刻を推定しているアルゴリズムは純国産です。これをさらに高精度なものにして世界にアピールできるよう力を注いでいきたいと思っています。

――野田さんの準天頂衛星に対する思いが伝わってきました。

※4 IGS(International GNSS Service):測位衛星に関する情報を提供している国際組織で、世界中の大学や研究機関などが参加している。

※5 GNSS:Global Navigation Satellite System(全世界的航法衛星システム)の略称。アメリカのGPSやロシアのGLONASS、ヨーロッパのGalileoなどの測位システムやそれらの補強システムの総称。

第2回ADインタビュー MCS(マスタコントロール局) 第2回ADインタビュー 準天頂衛星初号機「みちびき」
MCS(マスタコントロール局) 準天頂衛星初号機みちびき

――現在は利用推進のお仕事もされているそうですが、準天頂衛星の利用実証に関しても教えてください。

野田:多地点・多利用形態において準天頂衛星の効果を検証するため、日本各地において流通、運輸などの様々な機関・企業の方々と協力し、GPSの受信が困難な森林部や都市部における定点及び移動体観測を実施しています。
また、準天頂衛星の測位信号に含まれている誤差補正情報をGPSと組み合わせると、数十cmの精度で測位ができます。これを利用してGPS受信機を搭載した自動走行トラクターによる精密農業や波高検知、電波遅延を利用した可降水量測定等、大学や各機関との共同研究にも意欲的に取り組んでいます。

――今後の意気込みを教えてください。

野田:準天頂衛星の測位信号はすでにユーザで使用できる状態になっています。できるだけ多くの人に使って頂き、その効果を実感してもらいたい。そのための環境、仕掛け作りに力を注いでいきたいですね。

――最後に、野田さんにとってずばり準天頂衛星「みちびき」とは?

野田:入社4年で測位の分野に足を踏み入れてから、16年間測位衛星に携わってきました。もう、どう考えても今後も測位衛星にかかわっていくだろうと思います。その意味で、

私の人生を“みちびいてくれた”存在

といえると思います。

第2回ADインタビュー 議論中

――ありがとうございました。

野田 浩幸さんプロフィール・略歴

(独)宇宙航空研究開発機構(JAXA)
宇宙利用ミッション本部利用SE室、衛星利用推進センター併任 準天頂ミッションマネージャ

1992年 宇宙開発事業団(現JAXA)入社 機器部品開発部に配属
1996年 技術試験衛星ETS-VIIIプロジェクトに配属
2007年 準天頂衛星システムプロジェクトチームに配属 (2010年ミッションマネージャ就任)
2011年 プロジェクトの解散に伴い利用SE室(衛星利用推進センタ-併任)へ異動、現在に至る。
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